日本の医療提供体制は今、かつてない歴史的な転換点を迎えています。これまで日本の医療は「病院で病気を治し、退院させる」という病院完結型のモデルを主軸としてきました。しかし、2025年以降、いわゆる「団塊の世代」がすべて75歳以上の後期高齢者となり、医療・介護のニーズが爆発的に増加するなかで、国が強力に推し進めているのが「地域完結型」の医療モデル、すなわち在宅医療へのシフトです。
2025年、厚生労働省の中医協が提示した最新資料「在宅(その4)」は、私たちが将来、どのような安心感を持って自宅で過ごせるかという「未来の設計図」そのものです。本稿では、私たちの生活に最も密着しながら、これまで十分な光が当たってこなかった「歯科訪問診療」と「薬局による訪問薬剤管理指導」の最前線を、前代未聞のボリュームで徹底解説します。
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レポートを確認する ≫第1章:歯科訪問診療の「不都合な真実」——自宅で待つ8割の患者たち
1-1. 歯科医療が「命」を左右する時代
まず認識すべきは、高齢者における歯科医療の重要性です。歯の健康は、単に「おいしく食べる」ためだけのものではありません。口腔内環境が悪化し、細菌が繁殖すると、その細菌が唾液とともに肺に流れ込むことで「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」を引き起こします。これは日本の高齢者の死亡原因の上位を占める重大な疾患です。
また、認知症と咀嚼(そしゃく)機能の関係も深く、しっかり噛めることが脳の活性化を促し、フレイル(加齢による心身の衰え)を予防することが多くの研究で示されています。つまり、高齢者にとってお口のケアは、QOL(生活の質)の向上だけでなく、「命の防衛線」そのものなのです。
1-2. 衝撃的な「居宅」での供給不足実態
中医協の最新資料が突きつけたのは、あまりにも深刻な需要と供給のミスマッチです。
現在、施設(介護老人保健施設や特別養護老人ホームなど)で療養する高齢者に対しては、歯科訪問診療の供給はほぼ需要を満たしており、乖離はほとんどありません。施設療養者における推定需要と供給のバランスは103%〜106%と、むしろ供給がわずかに上回る年もあるほどです。
しかし、自分の家(居宅)で療養している高齢者に目を向けると、景色は一変します。歯科治療が必要と推計される居宅療養高齢者のうち、実際に訪問診療を利用できているのは、わずか19%程度にとどまっている可能性が高いことが示されました。つまり、自宅で療養している高齢者のうち、実に8割以上が、歯科治療が必要であるにもかかわらず、そのサービスを受けられずに放置されている可能性があるのです。
この「居宅における歯科訪問診療の空白」をどう埋めるかが、今後の最大の論点となっています。国は、歯科診療所が居宅へしっかり訪問できる方向に進むよう、歯科訪問診療1(1人訪問)の充実や、効率的に対応できる施設の評価を適正化することを検討しています。
1-3. 診療時間の「質」をめぐる危機——10分診療の蔓延
訪問診療の「量」が足りない一方で、「質」についても厳しい目が向けられています。特に問題視されているのが、同一建物で多数の患者を一度に診る場合の診療実態です。
令和6年度の診療報酬改定後のデータによれば、同一建物居住者が20人以上の場合(歯科訪問診療5)、診療時間の約7割以上が10分未満という極めて短い実態が明らかになりました。一方で、義歯(入れ歯)の調整や修理、歯周精密検査、丁寧なスケーリング(歯石除去)、そして何より重要な患者家族や施設職員への指導には、本来15分〜20分以上の時間を要することが過去のタイムスタディ調査で示されています。
「10分未満の診療」が常態化している現状は、適切な口腔管理が行われているとは言い難い側面があります。効率を優先するあまり、診療が「点数を取るための儀式」となっては本末転倒です。このため、中医協では、20分未満の診療に対する評価の適正化や、同一建物に居住する少数の患者に対する実績を重視する方向で議論が進んでいます。
第2章:地域を支える歯科の「砦」——在宅療養支援歯科病院の挑戦
理事・採用担当者からの助言
もし今の職場で「正当に評価されていない」と感じるなら、それはあなたのスキル不足ではなく、単に「今の環境があなたに合っていない」だけかもしれません。採用の現場にいる私から見ても、一歩外を見るだけで条件が劇的に改善するケースを数多く見てきました。
2-1. 診療所を後方支援する「病院歯科」の役割
地域の歯医者さん(診療所)だけでは対応しきれないケースが必ず存在します。例えば、心臓疾患や糖尿病など重篤な全身疾患を抱えており、抜歯一つにも全身管理や点滴が必要な患者さん、あるいは、極めて高度な摂食嚥下リハビリテーションが必要な患者さんです。
こうした重症患者や、緊急時の受け入れ先として期待されているのが、令和6年度改定で新設された「在宅療養支援歯科病院」です。これは、単に外来診療を行うだけでなく、地域の歯科診療所と連携し、必要に応じて歯科訪問診療を行ったり、後方支援(入院受け入れなど)を行う病院を評価する仕組みです。
2-2. なぜ病院歯科の届出が進まないのか
しかし、この新しい仕組みの滑り出しは極めて厳しい状況にあります。2024年8月時点で届出を出している病院は、全国でわずか22病院にとどまっています。日本の病院総数を考えると、あまりにも少ない数字です。
届出を行っていない病院へのアンケート調査によれば、最大の壁となっているのは「施設基準に含まれる算定実績」です。具体的には「過去1年間に歯科訪問診療1〜3を合計18回以上算定していること」などのハードルが、多くの病院にとって高すぎることが判明しました。病院歯科の届出を行っていない理由として「実績を満たさない」が最も多く、約85%に達しています。
2-3. 施設基準の見直しと今後の期待
病院歯科には、地域の歯科診療所では対応が困難になった患者を引き受ける「駆け込み寺」としての役割が期待されています。事実、調査では歯科系の診療科を標榜する病院の約7割が、地域の歯科診療所からの依頼により、訪問診療の継続が困難になった患者を受け入れています。
今後は、単に「自ら訪問した回数」を競うのではなく、こうした「地域からの紹介受け入れ実績」を評価に加えるなど、病院歯科の実態に即した柔軟な基準への見直しが検討されています。また、歯科医師の臨床研修においても、研修医が将来的に在宅歯科医療を実施できるよう、病院での研修期間中に訪問診療を経験させる教育体制の整備もセットで進められる予定です。
第3章:薬局のパラダイムシフト——「薬を渡す場所」から「家に来るパートナー」へ
3-1. 薬剤師が自宅に来る意味
薬局の役割もまた、劇的な変化を遂げています。これまでの薬局は「処方箋を持って行き、薬を受け取る場所」でした。しかしこれからは、薬剤師が自ら患者の自宅や施設へ赴き、服薬状況を確認し、副作用のチェックを行い、医師に処方の提案をする「訪問薬剤管理指導」が当たり前になる時代です。
高齢者が自宅で多くの薬を飲む「ポリファーマシー(多剤併用)」は、ふらつきや転倒、認知機能の低下を招く大きな原因となっており、薬剤師の介入による「薬の整理」が強く求められています。
3-2. 医師と薬剤師の「同時訪問」がもたらす劇的効果
中医協の資料が示したなかで、最も注目すべきデータの一つが、医師と薬剤師の連携による効果です。
在宅医療において、薬剤師が医師の訪問に同行した場合、その約74.3%のケースで、患者の生活実態に合わせた具体的な「処方提案」が行われています。医師が診察し、その場で薬剤師が「この薬は飲みづらそうなので形状を変えましょう」「飲み残しが多いので1日1回にまとめましょう」と助言する体制です。
この「医師・薬剤師の同時訪問」が行われている現場では、不要な薬を整理する「減薬」がスムーズに進むことが証明されています。医師の独断だけでなく、薬の専門家である薬剤師が生活の場(自宅)で介入することで、より適切で安全な処方が実現するのです。国は、この同時訪問によるポリファーマシー対策を高く評価し、調剤報酬上の評価をさらに拡充する方向で議論を深めています。
3-3. 24時間対応の壁と「夜間・休日の空白」
一方で、薬局の在宅対応には重い課題も残されています。在宅患者の急変や、痛みの悪化(ターミナルケアなど)は24時間365日いつでも起こり得ます。しかし現状、訪問薬剤管理指導を行っている薬局であっても、夜間や休日に連絡がつかない事例が存在します。
調査によれば、通常訪問している薬局に連絡がつかず、他の薬局が代わりに緊急訪問を実施した経験がある薬局は約2割にのぼります。代わりに依頼を受けた理由としては「主治医や訪問看護師からの依頼」が多く、本来の担当薬局が機能を果たせていない現状が見えてきました。
今後、国は「在宅を担う薬局」に対し、夜間・休日も含めた24時間の対応体制をより厳格に求める、あるいは在宅協力薬局との連携を強化することで、地域全体で「いつでも薬剤師に頼れる安心」を構築しようとしています。
第4章:ICTが救う命——テクノロジーが変える在宅医療の質
4-1. ビデオ通話が「食べる力」を守る
「テクノロジーが医療を冷たいものにする」というのは大きな誤解です。在宅医療において、ICT(情報通信技術)はむしろ「安全と温かさ」を守るための強力な武器になっています。
特に注目されているのが、摂食嚥下障害のリハビリテーションにおけるビデオ通話の活用です。
歯科医師が自宅に行けない日でも、タブレット端末などを通じて食事の様子をリアルタイムに観察し、歯科衛生士や家族に「今の姿勢は危ない」「一口の量を減らして」と指導する取り組みです。資料では、このICTを活用した診療を行ったグループは、行わなかったグループに比べて、窒息や誤嚥性肺炎などの有害事象が有意に減少(p=0.046)したという劇的な研究結果が示されました。
4-2. 多職種連携のデジタル化
また、在宅医療は「チーム」で行うものです。医師、歯科医師、薬剤師、看護師、ケアマネジャーが、一人の患者の情報を共有する必要があります。これまでは電話やFAX、手書きの「連絡ノート」が主役でしたが、今後はオンライン会議システムを活用した多職種カンファレンスが、より効率的・効果的なケアの鍵となります。
国は、こうした多職種参加型のカンファレンスや食事観察に対し、オンラインでの参加も可能にすることで、専門職が移動時間に縛られず、より多くの患者を支えられる体制を整えようとしています。
第5章:2040年を見据えたグランドデザイン——私たちの未来はどう変わるか
5-1. 在宅患者数のピークは2040年以降
日本の在宅医療のニーズは、今まさに増加の入り口に立ったばかりです。厚生労働省の推計によれば、訪問診療を受ける患者数が最大となる年は、多くの二次医療圏で2040年以降になると予測されています。
特に、人口規模5万人以上の市区町村では、2020年から2040年にかけて訪問診療の需要が50%以上増加する見込みです。私たちは、今よりもはるかに多くの人が「家で療養する」ことが当たり前の社会へと向かっているのです。
5-2. 今後の改革の「4つの柱」
中医協での議論を踏まえ、これからの在宅医療(歯科・薬剤)の改革は、以下の4つの柱で進められることになります。
- 「自宅第一」の評価体系へのシフト
大規模な施設への集中的な訪問よりも、自宅で待つ「たった1人」の患者さんへの訪問を最優先で充実させる仕組みを作ります。歯科訪問診療1の評価を充実させ、居宅への普及率(現在19%)を劇的に向上させることが急務です。
- 専門性の高い「病院歯科」の活用
地域の歯医者さんが「この患者さんは自分たちの設備では難しい」と判断した際、即座にバトンタッチできる病院歯科のネットワークを広げます。病院と診療所の役割分担を明確にし、地域全体で重症患者を見守ります。
- 薬剤師による高度な服薬管理と24時間体制
単なる「薬の配達」ではなく、医師と連携した減薬提案や、ターミナルケアにおける麻薬管理など、高度な専門性を発揮する薬局を評価します。同時に、休日夜間も含めた「連絡がつく体制」を地域の薬局が責任を持って確保します。
- テクノロジーによる安全性の向上
ICTを活用した遠隔指導や、ビデオ通話による食事観察を普及させ、医療事故を防ぎつつ、限られた医療資源を効率的に運用します。
結びに代えて
今回の検討資料「在宅(その4)」は、単なる診療報酬の数字の羅列ではありません。私たちが将来、どのような安心感を持って自宅で過ごせるか、そして人生の最期をどのように迎えられるかという、日本社会の「尊厳」に関わる設計図です。
お口の健康を守り、適切な薬の管理を受け、テクノロジーによって見守られる。これらがチームとして機能したとき、日本の在宅医療は本当の意味で完成へと向かいます。私たちは今、その進化の真っ只中にいるのです。
今後、制度の具体的な内容については、お近くの歯科医院や保険薬局、または担当のケアマネジャーへご相談ください。医療は「病院で受けるもの」から、あなたの「暮らしを支えるチーム」へと、その形を変えています。
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