
医療現場で今、静かに、しかし決定的な変革が起きようとしています。 私は、これまで医療事務の屋台骨であった「医事算定業務」が、近い将来、医療AIによってほぼ完全に自動化されると確信しています。「レセプト点検ができるから一生安泰」という神話が崩れ去る日。その時、現場で何が起き、医療事務の役割はどう再定義されるのか。一歩踏み込んで考察します。
医療現場の最前線で、静かに、しかし確実に「職能の交代」が始まっています。 これまで医療事務という仕事の「花形」であり、専門性の象徴だった「医事算定」や「点数計算」。分厚い点数表を読み込み、複雑な算定ルールを暗記してレセプトを作り上げる作業は、私たちのプライドでもありました。
しかし、私はあえて断言します。あと数年のうちに、人間が頭を悩ませて点数を計算する時代は終わります。
AI(人工知能)がカルテを読み、瞬時に算定を完結させる未来。窓口から人が消え、会計待ちの行列が過去のものになる未来。それは決して「仕事がなくなる」という悲劇ではありません。私たちが「事務作業」という重荷から解放され、より人間らしい役割へと進化するための「大きな転換点」なのです。
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レポートを確認する ≫第1章:なぜ「算定業務」はAIに代わられるのか
私たちが日々行っている医事算定の仕事は、実はAIにとって「最も得意な領域」です。まずは、なぜ算定が自動化されるのか、そのメカニズムと現実を深掘りします。
1-1. 複雑な点数表はAIの「大好物」
ご存じかもしれませんが、日本の診療報酬制度は、世界でも類を見ないほど複雑です。「この処置とこの検査を同時に行った場合はどちらか一方が包括される」「この指導料を算定するには、前回の診察から何日空いていなければならない」といった、網の目のように張り巡らされたルールが複雑さを生んでいます。
これまでは、この複雑なルールを頭に叩き込んだベテラン事務員が、病院の経営を支えてきました。しかし、これは「論理とルールの蓄積」です。
AI、特に最近の「自然言語処理」という技術は、医師がカルテに書いた自由な文章(テキストデータ)から、どの処置が行われたかを正確に抽出し、膨大な算定ルールと照らし合わせる作業を、人間の数万倍のスピードで行うことができます。人間が5分かけてチェックするレセプトを、AIは0.1秒で、しかも「疲れ知らず」に正確に処理してしまうのです。
1-2. 電子カルテとの「完全同期」がもたらす変化
これまでの医事コンピュータ(レセコン)は、人間が入力したデータを集計する「箱」に過ぎませんでした。しかし、次世代の電子カルテは、医師が診察を入力した瞬間に、裏側でAIが自動的に算定を終えています。
「その処置はこの病名がないと算定できません」
「この指導料は今日、算定要件を満たしています」
このように、AIがリアルタイムで医師にアドバイスを送り、診察が終わった瞬間に「請求金額」が確定している。そんな仕組みが標準化されていくでしょう。もはや医療事務が後から「入力漏れはありませんか?」と確認しに行く必要すらなくなるのです。
1-3. 算定スキルは「職人の技」から「コモディティ(ありふれたもの)」へ
かつて、そろばんが電卓に、電卓がExcelに代わったように、医事算定は「習得に時間がかかる特殊技能」から、「誰でも、あるいは機械でも出せる結果」へと変わります。
これは、これから医療事務を目指す人、あるいは今まさに資格取得のために勉強している人にとっては、ショックな事実かもしれません。受け入れがたいことでもあるでしょう。
しかし、現実を直視しなければなりません。「計算ができること」自体の価値は、急激に下がっていきます。
AIにはできない、その先にある「監査(チェック)」や「制度の解釈」、そして「患者さんへの説明」こそが、新しい時代の専門性になっていくのです。
第2章:窓口の「無人化」はどこまで進むのか
理事・採用担当者からの助言
もし今の職場で「正当に評価されていない」と感じるなら、それはあなたのスキル不足ではなく、単に「今の環境があなたに合っていない」だけかもしれません。採用の現場にいる私から見ても、一歩外を見るだけで条件が劇的に改善するケースを数多く見てきました。
第1章では「算定」という頭脳労働の自動化についてお話ししましたが、第2章ではもっと目に見える変化、つまり「病院の入り口と出口」の光景についてお話しします。
2-1. 「お会計待ち」という言葉が死語になる
皆さんも、自分が患者として病院に行った時、診察が終わってから会計に呼ばれるまでの「あの長い待ち時間」にイライラした経験はありませんか?
あの時間は、実は私たち医療事務が裏側で必死に点数をチェックし、会計データを作っている時間です。
しかし、AIが算定を自動化すれば、診察室のドアを開けた瞬間に会計金額は確定しています。そうなれば、患者さんは窓口に寄る必要すらありません。
今後は、「後払い(モバイル決済)」が標準になっていくはずです。診察が終わったら、そのまま病院の出口を出て、駐車場に向かう。会計は登録されたクレジットカードやスマートフォン決済で、歩いている間に自動で完了します。処方箋のデータも薬局へ直接飛び、薬局での待ち時間すら短縮される。 「お会計でお待ちの〇〇さーん!」という呼び出しの声は、数年後の病院からは消えているはずです。
2-2. 受付は「顔認証」と「マイナンバーカード」の独壇場へ
朝一番、診察券を箱に入れるために行列を作る光景。これも過去の遺物となります。 すでにマイナンバーカードの保険証利用が始まっていますが、今後はさらに「顔認証」との組み合わせが加速します。
患者さんは病院の入り口にある端末に顔を向けるだけ。それだけで本人確認、保険資格の確認、そして再診の受付が数秒で完了します。住所変更や保険証の切り替えの有無も、システムが自動で検知して更新します。 「保険証を確認させてください」という、私たちが一日に何度も繰り返すあのセリフも、もはや機械が自動で行うルーチンワークに過ぎなくなるのです。
2-3. 受付に「人が座らない」という選択肢
こうなると、物理的な「受付カウンター」という壁は不要になります。 ホテルのロビーや空港のチェックインカウンターがどんどん開放的になり、スタッフがタブレットを持って自由に歩き回っているように、病院も変わります。
受付スタッフは、カウンターの奥でパソコンを叩くのではなく、フロアに出て操作に困っている高齢者を助けたり、体調が悪そうな人に声をかけたりする役割へとシフトします。 「窓口業務」は、事務作業から「フロアマネジメント」へと進化するのです。
第3章:レセプト期間の「地獄」が消滅する日
医療事務にとって、毎月1日から10日までの「レセプト(診療報酬明細書)期間」は、まさに戦場です。残業が当たり前、ピリピリした空気、終わりの見えない点検作業……。私は、この「レセプト地獄」こそがAIによって真っ先に駆逐されるべき悪習だと考えています。
3-1. 「点検」から「リアルタイム監査」へ
なぜレセプト期間がこれほど大変なのか。それは、一ヶ月分の膨大なデータを、まとめて人間がチェックしているからです。 しかし、AIは「一ヶ月待つ」必要がありません。
毎日の診察が行われるたびに、AIがその都度レセプトとしての整合性をチェック(監査)します。「この病名がないと返戻(差し戻し)になりますよ」「この検査は回数制限を超えていますよ」といったアラートを、その瞬間に発信し続けます。 つまり、10日という締め切りに合わせて必死に点検するのではなく、毎日が「常に100点満点のレセプト」として完成している状態になるのです。
3-2. 「返戻」という言葉の死文化
審査支払機関(社保・国保)もまた、AIによる審査を導入しています。 AI同士が算定ルールを共有していれば、人間が解釈を間違えて「返戻」されるという事態は起こり得ません。
これまで医療事務の腕の見せ所だった「難しいレセプトを通す技術」や「返戻への再審査請求」といった業務は、システムの精度が上がるにつれて役割を終えていきます。 レセプト点検のために休日出勤をし、目を皿のようにしてパソコン画面を睨みつける。そんな働き方は、あと数年で「昔はそんなこともあったね」という笑い話に変わるでしょう。
第4章:それでも「人間」が必要とされる本当の理由
ここまで読んで、「じゃあ、本当に医療事務は全員クビじゃないか」と不安になった方もいるでしょう。私も医事職員に「近い将来、算定業務はなくなりますよ!」と常々お話しています。しかし、私は人間にしか出来ないこともあると思います。
| 比較項目 | 従来の医療事務 | 2030年の医療事務(予測) |
|---|---|---|
| メイン業務 | 手入力による算定・レセプト点検 | AIの算定結果の監査・システム運用 |
| 求められるスキル | 点数表の暗記・正確な計算力 | ITリテラシー・データ分析・診療補助 |
| 医師との関係 | 事務作業の「後処理」担当 | 診療を共に回す「事務補助・パートナー」 |
| 患者への対応 | 会計・受付での「事務的」な対応 | 悩みや制度相談に応じる「対人」の対応 |
| 仕事の価値 | 「ミスなく入力すること」 | 「診療と経営をスムーズに動かすこと」 |
| レセプト期間 | 1〜10日の残業・集中点検 | リアルタイム監査による「点検の消失」 |
※筆者の予測に基づいた比較表です。実際の導入時期や変化のスピードは施設により異なります。
4-1. AIにはできない「グレーゾーン」の判断
日本の医療制度には、どうしても白黒つけられない「グレーゾーン」が存在します。 患者さんの家庭環境、経済状況、あるいは人生の最終段階における倫理的な判断……。これらはデータだけでは測れません。
例えば、どうしてもお会計を払えない事情がある患者さんへの対応。AIは「未払い」として淡々と処理するかもしれませんが、人間は相談に乗り、分割払いの提案をしたり、福祉制度の紹介をしたりできます。 「制度の隙間に落ちそうな患者さんを拾い上げる」こと。これは人間にしかできない高度な判断業務です。
「医師事務作業補助(ドクターズクラーク)」への職能シフト
事務員が「計算」という事務作業から解放されたとき、次に向かうべき場所は窓口(フロント)だけではありません。むしろ、より医師の近くで診療を支える「医師事務作業補助」や「クラーク」としての専門性が、これからの医療事務の主戦場となります。
これまでは、受付と計算に人員の多くを割かなければならなかったため、医師の書類作成をサポートする余裕がありませんでした。しかし、AIが算定を代行するようになれば、医療事務の役割は「医師の時間を創出するプロフェッショナル」へと進化します。
① AIが下書きし、人間が「臨床的整合性」を整える
今、生成AI(大規模言語処理モデル)の進化により、診察室での医師と患者さんの会話から、自動でカルテの下書きを作る技術が登場しています。 しかし、AIが作った文章が医学的に正しいか、医師の意図と合致しているかを確認し、適切なフォーマットに整える作業には、医療事務の知識が必要です。AIが作る「診療データの原石」を、価値ある「医療記録」へと磨き上げる。この「データマネージャー」としての役割こそが、事務職の新しい専門性になります。
② 診療のボトルネックを解消する「クラーク」の重要性
医師不足や「医師の働き方改革」が叫ばれる中、医師が本来の診断・治療に専念できる環境を作るニーズは極めて高いのが現状です。
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診断書・紹介状の作成補助: AIが要約した内容をチェックし、迅速に書類を完成させる。
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クリニカルパスの管理: 診療計画が予定通り進んでいるかを確認し、チーム医療の潤滑油となる。
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がん登録やNCD等へのデータ入力: 病院の質を左右する高度なデータ管理を、医師に代わって一手に引き受ける。
③ 事務職から「診療チームのパートナー」へ
これからの医療事務は、医事課という「箱」の中に留まる存在ではなくなります。 診察室で医師の横に座り、あるいは病棟で多職種と連携し、「事務の観点から診療を円滑に回すマネージャー」として活躍するようになります。 「計算ができる人」ではなく、「医師や看護師が、今何を求めているかを察知し、診療のスピードを加速させられる人」。こうした人材への需要は、AIがどれだけ進化しても衰えることはありません。
計算や入力という「誰にでもできる作業」をAIに預けることで、私たちは初めて、医療の核心部である「診療サポート」という、より専門的で欠かせない役割を担うことができるのです。
第5章:生き残るために「今」から身につけるべき3つの武器
AIに仕事を奪われることを嘆く必要はありません。大切なのは、テクノロジーが進化するスピードに合わせて、自分の「スキルのポートフォリオ(組み合わせ)」を更新し続けることです。 私が考える、これからの医療事務に不可欠な「3つの武器」は以下の通りです。
5-1. ITリテラシーと「システムを使いこなす力」
これからの医療事務に求められるのは、単にパソコンに文字を入力する能力ではありません。AIや自動算定システムが「なぜその結果を出したのか」というロジックを理解し、システムを最適に運用する力です。 もしAIが誤った算定を出したとき、それを修正できるのは、システムの裏側にある診療報酬制度を理解し、かつITの操作に長けた人間だけです。 「機械は苦手だから」と遠ざけるのではなく、新しいツールを率先して触り、「病院内のIT化を推進する旗振り役」になること。これが一つ目の武器です。
5-2. 複雑な公費負担医療と「制度の目利き」
AIは標準的なルールには強いですが、地域独自の公費負担制度や、複数の助成制度が複雑に絡み合う特殊なケースにはまだ時間がかかります。 難病、障がい者医療、生活保護、特定疾患……。こうした、患者さんの人生に深く関わる「制度」の知識を深め、一人ひとりに最適な提案ができる能力を磨いてください。 「計算」はAIに任せ、私たちは「どうすれば患者さんの自己負担を適切に軽減できるか」という、よりクリエイティブな相談業務に軸足を移すべきなのです。
5-3. 圧倒的な「接遇力」とコミュニケーション能力
AIに最も真似できないのが、人間の「共感」と「おもてなし」です。 病院を訪れる患者さんは、体調だけでなく心にも不安を抱えています。機械的な案内ではなく、目を見て、声のトーンを合わせ、不安を解消するプロの接客技術。 これからは、「あの事務さんに会うと安心する」と言われるような、人間力こそが最大の差別化要因になります。接遇は「おまけ」ではなく、医療事務の「メインスキル」へと昇格するのです。
まとめ:事務員を卒業し、医療を支える真のパートナーへ
ここまで見てきたように、2030年の医療事務は、今とは全く別の職業になっているはずです。私はその新しい役割を担う人材を、単なる「事務員」ではなく、「医療を共に動かしていく運営のパートナー」だと考えています。
事務作業から「診療のサポート」へ
これからの現場では、医師は診察に、AIは事務作業に、それぞれが集中する環境が整います。その中で私たちが果たすべき役割は、算定や入力といった作業ではなく、診療がスムーズに進むように現場を整えること。そして、医師の近くで書類作成やデータ管理を支える「医師事務作業補助(ドクターズクラーク)」のような、より臨床に近い場所でのサポートです。
医師の意図を汲み取り、それを正確な記録や書類に落とし込む。また、患者さんの状況を把握して、診察が滞りなく流れるように先回りして動く。事務作業に追われなくなるからこそ、私たちは医療チームの重要な一員として、一歩踏み込んだ役割を担えるようになります。
データを活かし、より良いクリニックを作る
今後は、AIが蓄積した膨大な診療データが手元に届くようになります。私は、そのデータを分析して「どうすればもっと効率的に、より良い医療を提供できるか」を提案する業務こそが、私たちの新しい仕事になると確信しています。
これまでは「ミスなく入力すること」がゴールでしたが、これからは「データを見て、現場をどう良くしていくか」を考えることがゴールになります。点数計算という単純作業をAIに任せることで、私たちは初めて、病院やクリニックの経営を支える側へとステップアップできるのです。
AI化は、私たちの「新しい門出」
「AIが医事算定を担う」という変化は、決して私たちの仕事がなくなることを意味しません。むしろ、誰にでもできる作業から解放され、より専門的で、より頼りにされる存在へと生まれ変わるための「チャンス」です。大切なのは、時代の変化を恐れず、自分自身の役割を常にアップデートし続けること。新しいシステムやAIを毛嫌いせず、自分の武器として使いこなす姿勢を持つことです。
計算機としての事務員は終わります。しかし、医師や看護師を支え、現場を動かすパートナーとしての新しい道がここから始まります。AI時代という新たな門出を前に、私たちは「医療事務」という枠を飛び越え、医療の現場になくてはならないプロフェッショナルへと進化していきましょう。
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